2009年6月アーカイブ

以前から時間がとれたら長期滞在をしたかった沖縄。音楽関連の仕事で米国黒人グループ ”ミラクルズ” と同行し沖縄米軍キャンプを訪れたのがただ一度の沖縄訪問だった。しかもたった4日間ほどの短い出張で記憶が薄れるほど年数が経過しているが、なぜか当時の記憶風景は色あせすることもなく鮮やかな色彩が残っている。 旅行後 妙に頭から離れなかったものがもうひとつある。仕事のため猛烈な勢いで過ぎた "時間の感覚" だった。まるで一泊二日の旅行だったような記憶しかないのである。

そのためか、まず1週間や10日ほどではない ”長期滞在” と ”急がない旅” という2点が沖縄再訪の条件になってしまっていた。今回その機会に恵まれた時、当然のようにラフな計画が自然に出来上がった。長期のため経済的にも荷物でもすべて軽くすること、そして旅のスタイルは車ではあわただしく通過して見過ごしてしまうものをできる限り自分の足で味わうこと、のふたつである。

滞在プランはいたってシンプル。宿泊はマンスリーレートの宿舎、足は車(タクシー、レンタカー)・バス・ゆいれーる(モノレール)の交通手段しかない本島なので基本はバスというルールに挑戦。宿所候補の中から相当迷った結果、那覇市北部に位置する「ナムラレジデンス/NAMURA RESIDENCE OKINAWA」という家具付き(冷蔵庫・洗濯機・食器一式にDVDプレイヤーまで常備)マンションに決定した。

[海を一望でき、リゾートライフが満喫できる] のキャッチコピー通りなら嬉しいのだが...宿の良否は実際に訪問するまでわからないので早速予約を入れる。8階建のマンションなので最上階を希望したが、4階以上は予約でいっぱいとのこと、しかも海が一望できるのは7階以上らしい。宿泊費が多少でも安いと自分を納得させながら4階の予約を決定させる。

窓外下方に那覇の地形が現れた。機はまもなく軽いバンピングを交え地上に着陸し、空港施設ビルへと滑るように近づき止まった。那覇と久々の再会だ。2008年6月11日 水曜日、午後3時35分、くもり。機外に一歩踏み出すとまとわり付くような湿度が暑さを増幅させる。

1階到着ロビーで水槽の熱帯魚の出迎え受けたあと、「ゆいレール」へ急ぐ。ゆいレール乗り場は那覇空港施設ビルの2階から連絡しているので、ワンフロア昇ることになる。やや小型のかわいい2連モノレールに乗り込み、エアコンの冷風で一息いれる。

今回の長期滞在のベースキャンプ宿舎として予約したのは 「ウィークリー&マンスリー ナムラレジデンス」。所在地は那覇市北部の ”おもろまち” に隣接する ”天久(あめく)”というとこころである。乗り込んだゆいレールが空港から ”おもろまち駅” を一本線で結んでくれる。米国なみの車社会の沖縄で、この那覇市街だけを走るモノレール。のんびり走行する風情がなんともいい味をだしている。

川の上や沖縄本島の大動脈である58号線に沿って走ったりで、景色の変化にみとれているうちに”おもろまち駅”に着いた。今回の旅行ルール急がない旅(可能なかぎり車を使用しない)を実践するため、また荷物が少ないこともあり、歩きで 「ナムラ レジデンス」 に向かう。

駅の前の巨大な建物が 「DFSギャラリア」 という日本初の空港外免税店になる。この「おもろまち」は新開発された町のようで、道路は広く整備され建ちならぶビルも新しい。通りをぶらぶら歩くだけでシネコンなどが入る大型の複合ショッピング・モールや移設された県立博物館の現代建築などが見て取れる。

20分ほど歩いたあたりに 「ナムラ レジデンス」 を発見。小ぶりだがスマートなビルだ。外観は悪くない、さて内部のつくりはどうかな。早速入ろうとするがドアは沈黙したままでびくりともしない。ガラス越しに内部をうかがうが、小さなエレベーターホールにはフロントもなく無人のようだ。セキュリティがしっかり機能しているだけに...さあ、困ったぞ。

長期滞在旅行にはマンスリーやウィークリー単位で決める方が格段に経済的になるのは道理。2週間以内は少々高額でもフロントのオーシャンビュー、2週間以上は週単位のコンドミニアムと決めている。そんな信条から決めた今回のナムラ レジデンスに着いたのだが、中に入れない、だから最初のチェックインもできない。電話で予約確認した時、到着時間を聞かれたのでおおよその時間を答え、担当の詳細な説明を遮るように慌ただしく電話をきったような気がする。過去の経験から予約宿舎現地でチェックインできないことなど想定していないからだ。

ナムラ レジデンスの室内

携帯で連絡先を探していると1台の車がアプローチに入ってきた。車の中から声をかけてくれたのは、やはりナムラ レジデンスのスタッフだった。伝えておいた到着時間より早めに来てくれたのだが、こちらの到着が早すぎたようだ。スタッフが常勤しているオフィスは別の場所にあるとのことで、ゲストがチェックインする時にはフロントアプローチでスタッフが迎え入れるシステムだった。今後こちらを利用される場合、到着時間の打ち合せだけは正確を期すようお勧めする。

8階建てのマンションなのだが、周りにはあまり高いビルもなく、バルコニーからの視界を遮るものはない。室内も天井が高いせいか圧迫感は皆無。室内上部がロフトになっており、そこがベッドスペースだ。生活まわりのものはすべて完備されているから、チェックイン手続きさえ済ませてしまえばすぐにリゾート地でのアーバンライフのスタートだ。

”ナムラ レジデンス オキナワ” の詳細を知りたい方はガイドページへ。

長期滞在のベースになるマンションホテルにチェックイン。ひと休みしたら、生活行動半径となる周辺の探索を始めよう。このあたりは”おもろまち”を含め新都心と呼ばれている。米軍基地だった土地で返還後再開発されたところのようだ。

それでは早速出かけて見よう。表に出て右を見ると天久交差点、左方面はゆいレール ”おもろまち” 駅方面。すぐにでも天久交差点から泊港へ行きたかったが、時間も夕刻に近くなっていることや、長期滞在には不可欠のスーパーなどのチェックのため ”おもろまち” 方面の左に向かう。

歩いて1分のところに「天久りうぼう楽市」、そこから2分で「コープあっぷるタウン」、ふたつの大型スーパーが並ぶ。この間に「無印良品」「スポーツショップDEPO」「ベスト電器」「ユニクロ」「トイザらス」に加え100円ショップまで顔を揃え、マックなど飲食店もそこそこ入ったモールショップ広場になっている。長期旅行者には願ってもないシチュエーションである。

ショップモールを出て、なおも”おもろまち”方面に歩いて行くと左側にモダン建築の沖縄県立博物館が現れる。思わず入館したくなり入口の係員に質問。鑑賞に要する時間や閉館時間を尋ねたが,後日鑑賞が賢明なようだ。”急がない旅”の言葉が頭をよぎる。入館を諦めたあと、未練がましく中を覗くとパティオに野外展示されている古建築の穀物倉庫 「高倉」 が見える。後日の訪問が楽しみだ。

博物館と信号ひとつを挟み、県下最大規模のショッピングセンター 「那覇メインプレイス」 がある。シネコンQの施設を含む複合商業ビルになっている。

この「那覇メインプレイス」の先は、”おもろまち”駅になる。空が真っ赤に染まってきた。沖縄第1日目が暮れようとしている。そろそろスーパーで買出しをしながらベースキャンプに帰るとしよう。

那覇に来て2日経った。長期滞在ながら他の所用を兼ねての旅行なので、自由気ままな時間割りにはならない。しかし許される範囲の時間は「ちょぼちょぼ旅」にすべて使うつもりである。そんな背景で迎えた探索第1日目は、歩きだけで行ける領域に決定してみた。まずは1264年に正式国港として開設されたという泊港を見たくて、その所在地の前島をめざしスタート。

プルメリア

マンションホテル ”ナムラ レジデンス” を出て右に1、2分歩くと国道58号線にぶつかる。交通量も多く、さすがに本島一の幹線道路だ。そこが上之屋の交差点になる。交差点を那覇市街の方へ左折し、500mほど続く緩やかな坂を下ってゆく。

道沿いに植栽されたプルメリアが花を付けていた。小枝の先で綺麗に白く縁取りされた黄色い花が花束のように咲いている。普通プルメリアは中木だが、ここ沖縄では見上げるほどの樹木に成長しているため通行人の頭上よりかなり上に花が付くことになる。そのためか通行人は見上げもしないで足早に通り過ぎてゆく。

坂を降りきった左手に泊高橋という橋がある。一見なんの変哲もない平橋である。後日知ったのだが、昔日にはこの泊高橋が名勝のひとつであったらしい。1699年に架けられた時は、名前のとおり船を通すため太鼓橋ような高い橋であったそうな。しかも総石造りのためかなりの人手とコストと日数をかけたようである。その名勝となった橋は残念ながら太平洋戦争時戦略のため取り壊されている


その泊高橋の前に国道58号線をはさんで泊港があった。今では泊港の顔になっているターミナルビル ”とまりん” が船客を迎えるように前面に建っている。ビルの周りはこざっぱりとした小公園だ。埠頭に出てやっと海との対面がかなった。陽光が跳ねる海面がどこまでも続いている。岸壁沿いに北側を歩いてゆくと、空から覆いかぶさるような泊大橋が現れた。歩いて巨大な橋脚の根元まで行き、しばらく海の声に耳を傾ける。

港は国港だったのかと思うほど簡素で質実な風貌をしており、今は離島への玄関口として重要な役務を黙々とこなしている。世界にも誇れる珊瑚礁の美しい慶良間諸島へも高速船なら35分で運んでくれる。ターミナルビルには各離島村役場からの出張船舶課があり、発券所も並んでいる。2階は高い吹き抜けになったトワイライトコートが船待ち時間をゆったり過ごせるように造られているし、そこから一歩外部ウッドデッキに出るとフェリーの発着はもちろん、東シナ海を一望できるベイサイドテラスがある。

少々湿度は高めだが撫でる風が快く、このベイサイドデッキにいると徐々に時間感覚が遠のいて行く。 ...まだ陽は高い、次は海岸線に近いところを南に向かってみよう。


「泊港」のガイドページへ

泊港を後にし、目標地を定めないまま市街地に向かった。海岸線からあまり離れたくなくて、西サイドへ寄りながら歩いていると 「夫婦瀬公園」 という緑地にぶつかった。迷わず中に入ると、いきなり石造りのミニチュアの家が現れた。この建造物が沖縄特有のお墓だと分かるのだが、沖縄では民家わきや町中にもお墓がある。生活する風景に違和感なく溶け込んでいる。だから公園の片隅に建てられていてもなんの不思議もないのである。しかもこの箱庭のようなお墓を見ていると、今まで見慣れてきた本土のものに比べはるかに優しい印象を受ける。

緑のアーチがかかる若狭の通り

公園を通り抜けると潮渡川という川が公園の周りを取り囲むように流れていた。橋を渡り若狭という町に入ると、豊かな緑や花のある静かな町並みが見て取れる。交通量の激しい繁華な国道58号線から少し西に入ったところとは思えないほど物静かで、古い民家と現代的な住宅が混ざりあい長い通りをおおうように樹木がかぶさる風景は心地よい佇まいなのだ。

再び海岸線に突き当たるとまた公園である。石柱には若狭海浜公園とある。公園には整備をしている係員が数名いるだけで、細長く伸びる公園内は静まりかえっていた。園内には ”サンダンカ”、”ゲンペイクサギ” などの花が精一杯咲いている。

公園の西側が海岸に面している。また東シナ海を見たくて西の縁まで行くと、海から生えたような橋脚が並んでいる。海面上の中空を走る泊港からの泊大橋である。大橋を通る 「波之上臨港道路」 が 「波之上ビーチ」 方面へと続いている。

腹へった....何か食べよう。


写真左:若狭海浜公園 写真右:公園から望む波之上臨港道路

若狭海浜公園でうろうろしていると、空腹を覚えたので時計を見るとすでに午後2時を回っている。今朝は2杯のコーヒーしか飲んでいなかったことを思い出し、早速燃料補給のため食べ物探しに出発することにした。

市街方面へ少し戻り若狭大通りを歩くうち ”沖縄そば”の 文字が目にとまり、お店の場所を地図で確認すると2ブロックほど西にある 「波之上宮」 という神社の前とのこと。ウエストサイド・ウォークが続行できる上、燃料補給もできる絶好のお店と、そこへ急行した。

大鳥居の前で ”沖縄そば” の幟(のぼり)を風にはためかせているお店の名は 「琉球麺屋シーサー」。入れ込みの座敷、テーブル、カウンターを備え、こじんまりとした清潔そうなお店である。

メニューにはシーサーそば(550円)、ソーキそば(煮込んだ骨付きあばら肉 650円)、カレーそば、もずく麺のそば...けっこうな品数が書かれている。

”沖縄そば” は初体験なので、まるで想像がつかない。イメージできるのは ”カレーそば” くらいのものだ。もっともスタンダードな”シーサーそば”を注文。待つ間に地図を確認すると、正面にある 「波之上宮」 の裏が 「波之上ビーチ」 だ。ウエストサイドをぶらついているうち、かなり南まできてしまった。 「波之上ビーチ」 は那覇からもっとも近い綺麗な遊泳ビーチと聞いている。是非とも立ち寄りたいビーチのひとつである。

沖縄そばが湯気をたてながらやって来た。どう見てもそばには見えない。食感もうどんに近い。ひと口食べての感想は正直に表現するなら、可もなく不可もないと云ったところか。しかし食べ終わる頃には薄味なのにあとをひく深みある味と ”うどん” には無いもったりとした麺の歯ごたえが馴染んでくるから不思議である。加えて煮込んだ三枚肉が旨い。これだけ”日本そば”や”うどん”と違うから”沖縄そば”のジャンルが成立するのだろう。県民食になっているのがうっすらと判るような気がする。

琉球麺屋シーサー

住所 那覇市辻2−23−10
電話 098−800−7660
営業時間 11:00〜17:00
        火曜定休
交通
 ゆいレール 旭橋駅より徒歩20分
 BUS バス停 「西武門(にしんじょ
     う)」 下車5分
 車 那覇空港より 15分(国道58
    号線北上−泉崎交差点の信
    号を左折−久米南の交差点を
    直進し左手)

青黒い大鳥居をくぐり、ゆっくりと石段を上る。「波之上宮」の鳥居は石造りや木材ではなく鉄製のため、黒色の重厚な顔をしている。戦争で社殿などほとんどが焼失したが、完全に復旧できたのは50年後の平成6年とある。くろがねの鳥居も比較的新しいに違いない。

沖縄総鎮守で正月などには人出で溢れかえるほど人気のある神社らしいが、社殿も境内もそれほど大きくはない。

本殿に詣でたあと、境内を巡り裏側に回りこむと、断崖の上に建つ神社だとわかる。かつては並ぶものがないほどの景勝地という案内に、ようやく納得することができた。振り返り神社を背にすると目の前には「波の上ビーチ」が広がっていた。

しかし、浜辺は目一杯のクレーンや機械で占拠され、大がかりな何かの工事の真っ最中だ。このあと行こうと思っていたが、今日は止めてルート変更をしよう。


ルート変更し隣接する 「護国寺」 を訪問した。 「波之上宮」 の別当寺として建てられた沖縄最古の寺である。このあたり一帯は旭ヶ丘公園となっており、寺の周りには碑が多く、高低差のある変化に富んだ緑地になっている。風の音や野鳥の鳴き声だけが聞こえる心地よい静けさだった。

さらに南に下ると、孔子廟と書かれた自然石が通り沿いに置かれていた。正面の門は固く閉じられており、門の上に 「至聖廟」 と大書された扁額がかけられている。

儒教の祖である孔子を祀った霊廟は日本各地に点在し、東京の湯島聖堂もその一例である。中国のものが日本にできたのは、徳川幕府が存続安泰に有効な ”論語” の儒家思想を正統な学問として奨励したことに始まった。

至聖廟(久米孔子廟)の大成殿

本門わきに小さな扉が開いているのを発見したが、勝手に入るのも憚りがあり、また去りがたくもあり、うろうろ躊躇していると、中から談笑する大きな声が聞こえてきた。2つの観光グループが鑑賞回遊中に発した声であることを確認し、意気軒昂に入場。

中はパティオ風の敷地内に堂や廟の建物が4つ、孔子を祀った大成殿を正面に据え両翼に並んでいた。

案内図

[写真をクリックすると大型に]

天尊廟の中に三国志で広く知られる関羽が祀られていた。学問の象徴が孔子であるのに対し武の象徴が義に生きた関羽である。しかし孔子廟はともかく、この関帝廟(中国人は関羽を祀る霊廟をそう呼んでいる)は中国ではポピュラーでも日本では馴染みもなく、横浜中華街のような中国人街にあるだけである。早速訊いてみることに....

やはりこちらの至聖廟は日本人が学問所のそばに建てたような孔子廟ではなかった。現在地より南に2ブロックくらい下がった場所に久米という地区があり、昔は中国皇帝からの正使や派遣された中国人がそこに居留し、時代が下るにしたがい自然に住み着いていったとのこと。そこで建てられた孔子廟だったが、太平洋戦争で全焼失し、1975年に現在のところに復元したようである。孔子廟ひとつの背景でも歴史の永さと戦火の大きさを感じさせられる話であった。

孔子廟を後にし、そろそろ探索も終わりにしようとまっすぐ国道58号線の方へと足を向けた。夕暮れが近いというのに暑さはいっこうに衰えない。久米南の交差点を渡ると右側に「かき氷」の文字を見つけた。店の名は ”千日” という。躊躇なく店に飛び込む。

やや広めの食堂といった感じで丸テーブルに真っ白な椅子が涼しげに並ぶ。扇風機がゆるゆると回っていて、気さくでのんびりとした雰囲気だ。セルフサービスなので厨房カウンターに行き、数種類あるかき氷のメニューから「氷いちご(300円)」をオーダーする。創業は50年以上も前でぜんざい中心のお店らしい。

氷の掻く音が心地よく、あたりの暑気をはらってくれる。「できました!」の声に誘われ、カウンターまで取りに行くと大きな山のようなかき氷が待っていてくれた。口の中でほどけて溶けてゆくその冷たさは、なによりの御馳走だった。
泊港から始まった「ちょぼちょぼ旅」も本日は店じまいにしよう。


「波之上宮」のガイドページへ


千 日

住所 那覇市久米1−7−14
電話 098−868−5387
営業時間 11:30〜20:00
        月曜定休
交通
 ゆいレール 旭橋駅より徒歩15分
 BUS バス停 「西武門(にしんじょ
     う)」 下車1分
 車 那覇空港より 15分(国道58
    号線北上−泉崎交差点の信
    号を左折−久米南の交差点の
    手前左手)

本日は午後から時間ができたので、那覇バスターミナルを訪ねることにした。急がない沖縄本島の旅 「ちょぼちょぼ旅」に必要不可欠のバス。そのベースとなるバスのルートやタイムテーブルの情報集めである。ゆいレールの旭橋駅からすぐとの案内に従い、早速ゆいれーるのおもろまち駅へと出掛けた。

おもろまち駅に着いてから、目の前の大きなビル ”DFSギャラリア 沖縄” に一度も入っていなことを思い出し、ランチがてら立ち寄ることにした。かなり大きなビルなのに、3層しかない。たっぷり空間をとった贅沢な造りである。さすがに日本唯一の空港外免税店らしい構えだ。

2階南側の端が正面出入り口になっており、そこを入ると左側一列に大手レンタカー8社のレセプションカウンターがズラリ。その右手からショッピングゾーンが始まる。高級コスメがところ狭しとディスプレイされたエリアを抜けると一流ブランドが軒を並べたブティックゾーンになる。その中央にはシャンパンバーなる洒落たブレイクスポットが設けられていた。その後もラグジュアリー(時計・宝石)、レザー(バッグ・靴)と延々と続く。反対側の端に3階のフードコロシアムへ上るエスカレーターがあった。とにかく横に長〜いビルなのである。

フードコロシアムはオープンキッチン、フードコートスタイルのやたらに広い飲食スペース。中央部に集められた8つのブースではアジアンフードからイタリアンまで世界各地の料理が目の前に並ぶ。

入口で手渡されるカードを持ち、ブースを回りながら好みのものをオーダーし、カードに記入してもらう。帰りにそのカードを レジに渡し勘定する便利システム。ランチに選んだのは”ガパオライス”と云う名前のアジアンフードで、ミンチが香ばしく スパイスが軽く利いたけっこうイケる一品だった。

昼食後、一路那覇バスターミナルへと始動。那覇空港に到着した日以来の”ゆいレール” との再会だ。乗り込んだ2輌編成の小さなモノレールが旭橋に向かって動き出す。

第一印象から好感を持ったこのモノレールだったが、やはり乗り心地は良い。車内はモノレールより電車に近いレイアウトである。沖縄滞在が終わる頃にはすっかり好きになっているかもしれない。

時速50km前後で滑走する6輌編成の東京モノレールに比べ、どう測っても時速30kmくらいで走行している2輌編成のゆいレール。どことなく東京下町を行く都電荒川線の1輌電車を思わせる風情なのである。これは懐古趣味の贔屓目(ひいきめ)ではない。懐古するほど都電に乗ってもいないし年齢でもないことをお断りしておく。

ゆいレール旭橋駅から那覇バスターミナルまで歩いて数分の距離であった。まったく飾り気のない実用優先のターミナルだ。以前この場所には沖縄県営鉄道の那覇駅舎があったが、やはり戦争で全焼したらしい。敷地内の乗り場の数は多く、乗り入れているバス会社も4社あり、バスの運行経路などはかなり複雑なルートマップになっている。事前にネットで調べた時の疑問点メモを片手にターミナルオフィスに飛び込む。必要な情報を入手するのに40分ほどかかってしまったが、これで 「ちょぼ旅」 のルートスケジュールが組み上げられる。

オフィスを出ると陽はまだまだ高い。さてどこへ行こうか....旭橋から距離も近いので、3日前の孔子廟の続きをやろう。工事中だった波の上ビーチも近くで見学してみたい。 よし! 「続・ウエストサイドを歩く」 だ。


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ガイドページ


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