平和祈念公園の聖域ゾーンへ              〜沖縄ちょぼ旅 BLOG 22〜

リゾートホテル然とした近代建築の建物が 「沖縄県平和祈念資料館」 である。大型でどっしりとした建築は充分過ぎるほど立派だが、内容が小型軽量過ぎるのでは.....というのが正直な感想だった。

決して比較するものではないが、はるかに小さい建物で運営する「ひめゆり平和祈念資料館」の平和を希求する必死さと切実さは鑑賞するものの心を打つ迫力があった。こちらの資料館の内容が小型軽量などと表現したのは、そのせいだろうか。

写真左:平和祈念資料館の入口  右:展示されている魚雷と背景の大型建物が資料館

資料館から内側すなわち海側には全面芝を敷き詰めた内庭のようになっており、建物前には戦争で使用された赤く錆びついた魚雷や機銃が展示されていた。そこから海側へ向かうとおびただしい数の花崗岩の石板が並んでいた。ここが「平和の礎(へいわのいしじ)」と呼ばれる公園でも重要な場所のひとつだ。

この沖縄戦で犠牲になった戦没者は攻守合わせて24万人以上になるという。しかもその大半が沖縄住民の犠牲者で4人に1人が落命したと聞いた。

石碑には沖縄戦での戦没者攻守共に2万4千人あまりの氏名が刻まれている。今なお犠牲者の詳細が判明すると刻銘追記が続いている。

刻銘碑にあるネームリストを食い入るように探す若いアメリカ人カップルがいた。名前を探すということは家族か親戚がこの地で亡くなったからだろう。
日米肩を並べて名を探す光景は、一瞬戦争を遠い過去のものに思わせてくれる。しかし沖縄の受けた傷を完全に癒やすには、さらなる歳月が必要となるだろう

「平和の礎」からすこし南の方向に丘が見える。「摩文仁の丘(まぶにのおか)」と呼ばれる、平和祈念公園の最も奥まったところに位置する聖域である。太平洋を一望する高所で、1km近く続く細長い傾斜面には数えきれないほどの慰霊碑や塔が建つ。

そこは戦没者墓苑になっていて、県ごとの区域に分かれ各県の意匠による慰霊碑が建立されていた。その先は山肌を縫うように小道が整備され、途中には休憩できる東屋、壕跡へ続く階段なども発見できた。あたりは静謐な空気が支配しているが、自然の息づかいを感じられる穏やかさがあった。気が付くと 「摩文仁の丘」 だけで2時間もの時がさらっと流れてしまっていた。

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