いよいよ北部の街へ、名護市街            〜沖縄ちょぼ旅 BLOG 59〜

沖縄本島に来て優に1か月が過ぎ、やっと北部への旅が始まった。可能な限りバスと歩きでと決めたちょぼちょぼ旅には、北部の地は 遠くて 広くて 決してお手軽ではなかった。いや旅行前の想像に反して現実の困難さを思い知ったと云う方が正直だろうか。

しかも北部への旅が始まったなどと大見得を切っても、本島の西海岸ばかりを追っかけているので、東側は手つかずなのである。筆者には昔から朝日より夕陽に引かれる性向があるためだ。

ぎらぎらするばかりの朝日より、寸刻で色を変える夕陽の方に身体や足が向くのは筆者ばかりではないだろう。

                           バス窓外に見えた名護海岸線のイルカ像

さて北部への旅だが、まず北の入口にあたる名護市街を歩くことにした。

名護市街は那覇から60kmの街だ。東京なら中央高速で八王子をはるかに超える位置である。

荒井(松任谷)由美の「中央フリーウェイ」なんて軽いものではないのだ。

名護BTに着くとにわかに空腹を覚えた。北部という身構えもあり早朝から動き始めたからだ。

バスターミナルで尋ねると近くの「ヤンバル食堂」という名の飲食店を教えてくれた。

名前の響きが心地よい。ここから先は北のヤンバルだぞと宣言しているようではないか。早速BTを出て探すと通りをへだてた向かい側にあった。

食堂に入るとガラスケースに並べられている料理をトレイに乗せキャッシャーで清算するカフェテリア・スタイルの食堂であった。

本土とは微妙に違う沖縄食を1か月も食べている筆者には好もしくも懐かしくさえある料理の数々が並んでいる。

塩サバ、肉じゃが、焼き海苔、納豆、ポテサラ、アジフライ、冷奴、玉子焼き....

看板にうたっているオフクロの味を充分に味わうことができた。


食堂を出て市街地の探索を始める。まずは目の前の名護バイパス(国道58号線)を、名護湾のある南へと向かった。

ほどなく鐘楼のような尖塔にクロスをいただいた「宮里キリストの教会」の前を過ぎると、58号線の大きくカーブしたところに野球場が現れた。名護球場だった。

名護球場のあるところは他にサッカー・ラグビー場なども合わせ持つ広大な敷地の「21世紀の森公園」で、北海道日本ハムファイターズが例年キャンプインするところとしても有名なところ。

宮里キリストの教会              名護球場

この広々とした緑を敷きつめた公園を横断してゆくと、左手に大きなサッカー場が居座りその周りの芝では三々五々人がくつろいでいた。皆のびやかな表情をしている。

なおも歩くと右手海岸側に石積みのアーチ門が見えてきた。門をくぐるとそこはサンセットビーチという浜辺であった。そこそこの広さをもつ遠浅のきれいなビーチだが、人口のためかやや生気に欠け無機質な感じがする。

波打ちぎわで遊んでいるのは2、3組のカップルだけ。

空いているビーチならどこでも気持ちがいいのだ。 少しだけ、このビーチで海を見ていよう。

しかしサンセットビーチと云ってもここの浜辺はほとんど南を向いている。

身体を西に向けてみると、本部(もとぶ)半島の山並みにさえぎられていたが、ぎりぎり海に沈む夕陽は見られるといったところか。

しばらく海を眺めたあと市街地散策を再開。58号線に出ると通りの向こうに風変わりな建物がそびえるように建っていた。

近づくに従い益々その威容の不思議さが目立ってきた。正面まで来て、その建物が名護市役所の庁舎であることが判明。テラスをいくつも積み木のごとく組み上げたような風貌をしている。

そして外壁などにシーサーが鎮座し、その数なんと30以上におよぶ。東京新宿に建つ都庁をはじめ今まで多くの庁舎を見たが、これほど個性的な建物はなかった。

三層ながら20mを超す建築で、何よりも驚くのはその開口部の多さであった。おそらく風通しは抜群で、猛暑でもエアコン要らずではなかろうか。

竣工から30年近く経っているという。外壁は白とピンクのストライプだが、30年という色彩の風化で上品な風合いに包まれている。

正面スロープのスコープ造形、ルーフやバルコニーからこぼれる緑、行儀よく並ぶシーサーたち....つい見学に夢中になり、思わぬ時が過ぎていた。


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