古酒が眠る金武(きん)鍾乳洞の内部へ        〜沖縄ちょぼ旅 BLOG 76〜

珍しくバスの連絡がよく、待つ間もなく「金武(きん)」方面へのバスがやってきた。バスは「漢那ビーチ」を離れ、一路東へと向かう。左側が太平洋になるので車内後方の左窓ぎわの席に着いたのだが、あいにくバスは海岸線をどんどん離れ内陸へと入り込んでゆく。

あとで判ったのだが、このあたりの海岸側は金武岬(きんみさき)となり、その一帯が米軍施設ギンバリー訓練所として占有されていたのだ。億首川(おくくびがわ)という大きな川に架けられた金武大橋をわたり、バスは乗車して10分くらいでバス停「金武」に着いた。

降り立った国道329号線は住宅はあるものの静まりかえり、眠っているような印象の町だった。眠ると云えば、ここ金武の町にある「観音寺」にはとんでもない数のクースー(泡盛古酒)が眠っているという。

観音寺は国道から少し北に歩いたところに、樹林に抱かれるように建っていた。

『寺の中に大量の酒を秘蔵するなど けしからん』 とお思いの方もおありだろうが、正確にお伝えすると中ではなく、地下なのだ。

『中でも地下でも同じではないか』 とのご意見もあろうが、ここはいったん是非論は横に置き 境内に入ることにする。

入口近くの参道に健気な姿を見せてくれた350年も経つフクギの古木。

それ以外はほとんどお寺にありがちな石像や石碑もなく簡素な寺院だった。

創建は16世紀で、日秀上人という僧侶が1552年に中国からの帰路で遭難し、この地に流れ着き 創ったとある。

彼が棲み布教活動に専念した拠点がこの観音寺の地下に広がる鍾乳洞だったと案内にあった。しかも大蛇退治の話まである。

マイソロジーのような民話と歴史が渾然一体となっているようだ。

この謂われの説明で、筆者が事実ではなかろうかと思うことがある。紀州出身の僧、日秀上人の漂着した年号のことだ。

16世紀という1500年代の室町幕府で、当時中国の明貿易を独占していた実力者は大内氏だが、その大内一族が滅亡したのが1551年だった。そして以降中国の明との国交が途絶えてしまったというのが歴史事実として伝わっている。

観音寺本殿、右隣りに見えるのが茶屋

僧侶日秀が翌年やむなく帰国の途に着き、遭難した可能性はかなり高いと考えられる。

事実がどうであったかはともかく、そういう由緒をもつ寺であった。

本殿には先客がいた。ひとりの参詣女性が静かに正座し礼拝していた。

真剣に集中している気配は後姿からも うかがえ、静寂を守りながら本殿には黙礼のみで離れることにした。

本堂からすぐのところに鍾乳洞の入口を発見。

見学するには境内にある茶屋で入洞料金を払うよう案内が出ていた。

さっそく茶屋に行き料金を支払い、鍾乳洞へと引き返す。入口から地下へと階段が造られており、パイプのてすり柵が設けられていた。

地上ではまぶしいほどの陽光が入口近くの階段を照らし、階段下方の洞内では闇がうずくまっている。

鍾乳洞へとつづく細い階段を降りてゆくと空気の流れが鈍くなり止まってしまった。まったく動きを止めた空気が今度は温度を下げてゆく。

洞内に入ると所々に灯された照明はあるものの、全体に薄暗く目が慣れるまでにしばらくの時を要した。

奥へと進むと、いよいよ空気がひんやりとしてきた。温度は下がっているが、滞留したままの空気にたっぷりと湿気が含まれているためか涼味は感じられない。

かなり進んだあたりに伽藍のようにやや広い場所に出た。そこにはおびただしい数の泡盛焼酎の瓶が並んでいる。

ひとつひとつにネームタグが付けられ書庫のように整理された棚ニ眠りつづけている。

これらのボトルはここを訪問した人たちが記念で購入した泡盛をクースー(古酒)になるまで醸成させている場所なのである。

鍾乳洞内が保存・醸成環境に適しているため、同じ金武町にある”金武酒造”が運営管理をしているようだ。


ちなみにボトルは5年貯蔵(1万円)と12年貯蔵(2万円)の2コースで、さきほど登場した茶屋で受け付けている。5年後や12年後に何かを期し、記念ボトルを貯蔵してもらう仕組みなのである。

評判も上々ということが頷ける、なかなか粋な計らいではないか。しかし今回 筆者は申し込みをせず見送った。

もともと気短かな性質(たち)なのか、それとも情緒が希薄なのか、飲みたくなったら待てないのである。その時は手段を選ばずどこからかクースーを見つけてしまうのである。

洞内のいたるところに小規模だが鍾乳石が観賞でき、数か所には拝所まで設けられている。地元民から聖域として尊崇されていることが十分に感じられる情景でもあった。

昔より社寺境内を浄域として飲酒を戒める傾向はあるが、ここでは大らかに大量の酒を包蔵する。その大らかさが逆に良い味を醸しており、好印象と云える。

”百薬の長”になったり、”お清め”にも利用されたり、酒は人により千変万化するもの。善悪などの概念で縛るものでもない。

ここの鍾乳洞では入洞料はとるが入口に ”もぎり” はおろか人っ子ひとりいない。チェックなど不要と云わんばかりの呑気さだ。申告し料金を払って入るか、黙って入るか、人まかせなのである。

以前ニューヨークで運転した折、ケネディ空港へのフリーウェイで料金所があった。普通フリーウェイと云うくらいだから無料なのだが、ここだけは料金ゲートが設けてあった。

しかしそこには係員は存在せず大きな袋のようなバスケットが置かれているだけであった。通行者は車の窓から、そのバスケットへコインを投げ込むのである。その大まかなシステムに感激したことがあった。

個人まかせというのは自由度が高くなる分、責任が伴う。”社会人としての良識”という銃で背中から狙われているようで、精神が引き締まってくるではないか。


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