2010年8月アーカイブ

4750メートルもあるという海中道路の中ほどにあるロードパークでは、ボランティアによるゴミ拾いが実施されていた。

本島の与勝半島と離島を結ぶ海中道路だが、海に潜ったドームのような道路ではなく、大海原へと伸びた海上を行く道路である。

海中道路両側に広がる長大なロードパークで、黙々と手際よくゴミを処理してゆく静かな集団。一段落した頃合いに、スタッフのおひとりに労をねぎらうため あいさつをする。

護岸階段でゴミ拾いに専念するボランティアスタッフ

一緒に中央方面に戻りながら、のんびりと話をした。

この道路の無かった頃は、干潮時になると同じ位置にうっすらと道ができたという話をしてくれた。

島民は干潮時に歩いて往復をしていたのだ。

四季により微妙に変化する干満の潮も生活の一部にしていたのだろう。

引き潮になると、蜃気楼のように海上に浮かんでくる数千メートルの道。何と幻想的ではないか。


叶うならそんな道を歩きたかった..などと、肩を並べて歩く彼には云いだせなかった。

5キロに近い道程を限られた時間に歩かねばならない島民の生活は、そんな軽い思いでは計れないだろう。しかし、今ではその干潮時も地元住民の潮干狩りを楽しむ風物情景に変わったようだ。

ボランティアの一団に合流した彼と別れ、ロードパーク中央部にある「あやはし館」で ”かき氷ブレーク”を取った。

今日は橋づたいとは云え離島めぐりと決めたので、朝も早くから行動を開始した。橋つながりでも4つもの島めぐりなのである。レンタカーを利用すれば簡単なのだが、島内専用のバスがあるのだから、利用しない手はない。

この地域である「うるま市」の物産販売の「あやはし館」をさらりと見学し、2Fの「海の文化資料館」のあるウッドデッキに上がった。入場しようとしたが撮影禁止とのことで急に興が失せてしまった。

           海中道路に架かる歩道橋から望む本島の与勝半島

筆者も音楽業界に籍を置いていたこともあり、著作権や肖像権、個人情報にいたるまでその保護と防衛に関しては人一倍苦労したことがある。その反面、過剰なまでの保護があることも知った。

保護の程度は実に難しく、少なからず興味を持ち接触してきた未来の才能たちの芽を育てることも つんでしまうことも、このさじ加減ひとつなのである。

東京に「江戸東京博物館」という施設があるが撮影自由である。ただし特別展示などは厳しく撮影禁止を励行し展示作品を守るなど、そのメリハリは来館者にも分かりやすく実に見事な運営である。沖縄では首里城がそれに匹敵している。

美術館と博物館の差異やパブリックドメイン(公共)への転化なども言及したいが、ここは自制し旅をつづけることにしよう。

「海の文化資料館」前のウッドデッキから見えた歩道橋へ行きたくなり、そちらに向ってしまった。そして歩道橋からの景色は、一直線に引かれた海中道路が両側にひろがる金武湾(きんわん)と太平洋を分断し、なかなか壮観な一幅であった。

                 宮城島のトンナハビーチ

4島内だけ運行する“平安座総合バス”は旅館の送迎に利用されるようなマイクロバスだ。

このかわいいバスに乗り、「平安座(へんざ)島」へと向かった。

バスは島に入ったが、巨大な石油タンクを縫って北上してゆく。

ほとんど川幅しかない島と島の海峡を超え、次の「宮城(みやぎ)島」に入ってしまった。


あらかじめ予習していた「トンナハビーチ」がこの島だったはずなので、乗客が少ないことを幸いに運転士に尋ねると次で降りるようアドバイスを受ける。

「池味」というバス停で降り、そのビーチへと足を向けた。

海岸というよりは入り江と表現した方が正確なほど、こぢんまりとしたビーチだった。湾曲した砂浜の両端はしたたるほどの緑を溜めた樹林。とても居心地の良い浜であった。

この方面への来訪者のほとんどが、次の有名な伊計ビーチへ行ってしまうので、あまり混み合うことのない穴場的ビーチだという。

バス旅行というのは多少不便ながら、レンタカーでは得られない経験や発見をポケットに放り込んでくれる。しかし時間管理がやや窮屈になってしまうことも事実である。世の中、いいとこ取りばかりはできない仕組みなのだ。

今もそのジレンマの狭間で揺れている。心は 『飽きるまでここにいようよ』 と囁いているのだが、バス便を考えると先へと はやる気持ちになったりもするのである。

重い腰をあげ 県道10号線に戻ったが、やはり次のバスはしばらく来ない。当然歩くことは想定内だったので歩きはじめたのだが、すぐに赤いアーチの大きな橋が見えてきた。

「伊計(いけい)島」への架け橋、「伊計大橋」だった。

    周囲の奇岩が印象的な伊計大橋


「海中道路〜トンナハビーチ」のガイドページへ


 伊計島へとつづく伊計大橋

朱に塗られたアーチの「伊計大橋」で、しばらく海を眺めていた。橋下の海面からは隆起した琉球石灰岩がいくつも奇相を見せている。

全長198メートルの下路式アーチ橋を歩き伊計島に渡った。県道10号線を7、8分も歩いたろうか、「伊計ビーチ」に着いてしまった。静かなビーチを想像していたが、思いのほかの賑わいであった。

浜への入口近くに配した施設のディスプレイは、やや雑然として観光地の匂いがプンプンしている。

こちらのビーチでは駐車は無料なのだが、遊泳料を徴収されるシステム。

大人400円、小人300円という人数で料金が必要になる。まことに商業的である。

敷地内の浜辺へ出ると200メートルほどの湾曲したビーチが広がっていた。

正面沖には小島のような岩礁がいくつも屹立し、グラスボート(ガラス底)用の小さな桟橋のある箱庭のように個性的なビーチだった。

                        伊計ビーチ

地形が単純な遠浅ではなく変化があるためか、潮の干満に影響されない水遊びができるという。

日陰でひと休みをと周りを物色すると、けっこうな数のテントが浜辺沿いに並んでいる。

有料でもほとんど空いているので小休止くらいなら利用してもよさそうだったが、落ち着かないのでやめにした。

この少し先に「大泊(おおどまり)ビーチ」があるので、そちらを訪問するべく県道に戻る。すると「伊計ビーチ」の反対側にも海が見えてきた。

つい横道にそれて東に入り込むとすぐに海に出会えた。このあたりは島の中でもちょうど人間の首のように細くなっており、県道を挟んで両岸へ行き来できる距離だった。

そこは何もない静かな入り江だった。左へカーブした陸影には密集した民家が海越しに霞んでいる。

聞こえるのは風に押されて浜に寄せる波音だけだった。残念なことにこの入り江には、厳しい陽射しを避ける日陰がひとつも無い。干物になる前に「大泊ビーチ」へ急ぐことにした。

大汗かきながらも15分ほどで、「大泊ビーチ」に到着した。入口には来訪する車を誘導するためか若いスタッフが2人いた。歩きで来訪した筆者を不思議そうに出迎えてくれた。

ここでも駐車時もしくは入場時に、やはり人数単位で支払うシステムであった。駐車、施設利用料込みの料金だ。

海上には琉球石灰岩の岩礁など何もなく、「伊計ビーチ」よりひと回り広い海岸であった。自然のビーチなのだが、まるで人工ビーチのように白い砂浜が綺麗なカーブをつくっていた。

  大泊ビーチ

水平線の彼方には絵にかいたように白い陸影が 仄見えている。この海岸線は金武(きん)湾に面しているので、その陸影は金武湾港の町並みだろう。

地図を見ると、このビーチは西に面しているようだ。沖縄本島の東海岸に位置する伊計島だが、離島なので「大泊ビーチ」が西方を向いていても何の不思議もないのだ。きっとサンセットは美しいに違いない。

このあと現地スタッフと話す機会があり、いくつか情報を得た。美しい光景は赤く染まりゆく夕景ばかりではなく、夜景も素晴らしいと教えてもらった。対岸に見える街の灯が海面に映る情景をすぐに想像したのだが、実は違っていた。

この地域周辺にはほとんど電気の灯が点らないので、逆に夜空の星が圧倒的な多さで迫ってくるという。しかも季節によって海亀が産卵のため、夜陰この浜を訪れるらしい。

昔ながらのそんな自然を残すビーチだった。レンタカーで来ていれば星降る夜空も観賞できるのだが、バス旅行では野宿覚悟を意味するのである。

サトウキビ畑の中を北へ伸びる道

伊計島のさらに北を目指し歩いてみた。

見渡すかぎりのサトウキビ畑の中を30分以上も歩き、やっとそれ以外の風景にめぐり会った。

灯台である。島の北西端に近い場所にある伊計島灯台は昭和52年(1977)3月28日に業務を開始している。

白くスラリとした12メートルの小さな灯台。まわりを背の高い樹木が取り囲んでおり、入塔はできない。


灯台のそばには、本土で見られるお墓のような石碑がポツンとあった。”御地 子宝之神”と刻まれていた。

子宝を授かる聖地であるらしい。隅には白い箱に安置された観音像までたっている。おまけにここが設けられたのも灯台の完成と同時であるらしい。

普通なら航海の安全を願い龍神あたりが相場なのだが、不思議なパワースポットではある。丈の高い樹木が壁をつくり、昼でもなお薄暗い独特の空気が漂っていた。

灯台から東へ進むと、すぐに 「ビッグタイムリゾート伊計島」の敷地内に入った。リゾートホテルというよりはファミリー向けの観光ホテルといった印象である。

敷地は広くサーキット場あり、プールあり、ガーデンレストランありと一応そろってはいるのだが、どこにも落ち着ける場所がない。好みの問題もあろうが、プールサイドに一列にぶら下がる提灯を見せられて、リゾートと思えと云われても、その気になるにはかなりの努力がいるのだ。

ホテル前庭を横切り敷地内北端の海岸線まで行ってみると、すでに干潮が進み石灰岩のゴツゴツした岩礁がむき出しになり荒々しい表情をしていた。

最後の浜比嘉(はまひが)島を目指すため、急いで伊計ビーチのバス停まで戻ることにしよう。

「ビッグタイムリゾート伊計島」(中央)、北端の海岸の表情(左・右)


「伊計島」のガイドページへ


大泊ビーチ

住所 うるま市与那城伊計1012
電話 098-977-8027
ビーチ利用料 大人 500円 小人 300円 (施設利用+駐車料)
施設 シャワー/更衣室/軽食/トイレ
駐車場(注:駐車場は2ヶ所あり奥の方が大泊ビーチの駐車場、施設利用と駐車料がセットなので駐車時に確認のこと)

交通
    車
 那覇空港より 75分(那覇ICより高速道を利用−沖縄北ICを出て国道330号線を左折−栄比野の信号を右折し県道8号線を南下−金武湾入口の信号を県道37号線に乗りかえ−海中道路経由−平安座島−宮城島−大泊ビーチまで)

    BUS 那覇BT 110分(与勝線52番)−バス停 「JA与那城支所」で下車−「JA与那城支所」 で平安座総合バスの伊計島行きに乗り換え−バス停「伊計ビーチ前」から徒歩15分


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浜漁港には行楽地にあるようなプレジャーボートのたぐいの姿は無く、係留されているのは漁船ばかりであった。半農半漁の島、「浜比嘉(はまひが)島」 らしく質実な表情の港である。

この島は「浜」と「比嘉」というふたつの村落で構成されているので「浜比嘉島」と称している。両地区とも漁港を有しているので、今度は比嘉地区の漁港を散策すべく東へ向かってみた。

静かな時間が流れる比嘉漁港

比嘉漁港も魚網が干されているありふれた漁港だったが、確かな生活臭が実感できる港でもあった。

地元では釣りのスポットだらけの島としてかなり有名らしいが、今のところ釣り人は見当たらなかった。

東への道の終わりには分かれ道が待っていた。

直進「ムルク浜」、右折「ホテル浜比嘉島リゾート」と記されている。

筆者の性向からして99% 「ムルク浜」へ向かうところなのだが、足は右の坂道へと動きだしてしまっていた。


坂道を登りながらも、我ながら頭の中には?マークが点るほど不可解な行動だった。記述している今にして思えば、単純に高所から島を見たいと潜在的に念じ行動したのだろう。

坂道を登るうちに建物が見えてきた。低層のテラスハウスのようなホテルだった。登りきってホテルの正面に立ち、しばらく呼吸を整えながら眺めていた。 まことに目立たない3層からなる普通の顔をしたホテルだった。

しかし、「それ以上でもなく、それ以下でもない」と主張する風情にとても好感が持てた。すぐに入館した。入口のアプローチもロビーも小さなつくりでさっぱりとしていた。同じフロアに設けられている喫茶ラウンジも小ざっぱりとしたディスプレイだ。

室内の照明をダウン気味にし、外光の加減でほどの良い明るさをつくっている。不思議なくらい温かく居心地が良い。

窓側の席をひとりで占有しアイスティーをオーダーしてみた。待つほどもなくチリチリに冷えたグラスがやってきた。

最初のひとくちが乾いた喉に快く、空間も時間も瞬間で豊かなものに変えてくれた。

席に荷物を置き少し館内を巡ってみた。展望台風呂まであるようだった。全体的にどこのセクション域も静かで落ち着いている。

従業員スタッフにもいくつかの質問をしたが、その応対は丁寧で、しかも必要以上の愛想を押しつけてはこない。

建物を見た時の印象通り、それ以上でもなく、それ以下でもないという絶妙な距離感を保っているように感じた。


ラウンジで涼をとったあとプールサイドに出ると、青い水を湛えた半月型のプールの向こう側にはさらに濃い青の世界が広がっていた。

見渡すかぎりの水平線が空に溶けてしまっていた。プールのそばに立っているだけで頭の中まで青色に染められてゆく。自然を多く残すこの島で、ひとときでも豊かでアーバンな空間が持てたことを素直に感謝した。

プールそばから 「ムルク浜ビーチ」 へと降りる階段があった。直感的な行動でホテルに来てしまったが結果的には大正解だったようだ。

このホテルから「ムルク浜ビーチ」を経由して「浜比嘉大橋」へ向かえばちょうどひと巡りできることになる。前面に展開する大海原を眺めながら、さっそく急勾配のその階段を降りる。

白砂のビーチに小型のきのこ岩がいくつも顔をのぞかせる変化に富んだ浜辺だった。沖合に見えるふたつの島はいずれも無人島で、左が 「浮原島」、右が 「南浮原島」であると教えられた。この浜から 「南浮原島」へと渡るツアー船があるという。

このビーチには訪問者の要望に対応できるようマリンハウスが設営されており、ほとんどの希望を満たしてくれる。マリンハウスでかき氷を食べたかったのだが、まだ「平安座島」を歩いていないので小休止はパスし、ちょっとだけピッチを上げる。

歩いて渡る浜比嘉大橋は最高だった。平安座島までの全長1430 mを飽きることなく歩き通すことができた。緑と青が混じり合う水面を滑りながら吹きあがってくる海風。反射する陽光が砕けたり、踊ったりしていた。

平安座島漁港

「浜比嘉大橋」は平成9年(1997)に完成したばかりの綺麗な橋。これでこの周辺で橋の架かっていない離島は、無人島を除いて津堅(つけん)島ひとつになっている。

平安座島に着くと橋のたもとには緑地公園があり、その向こうには漁港が見える。

港には魚網が干され、漁師は漁具の手入れに没頭している。見るからに自然体の漁港だった。

民家のある住宅地はこの漁港近くまでで、あとは巨大な石油タンクが島全体に広がっている。

この広大な石油基地を平安座島に造るにあたって、米国ガルフ社は見返りとして4.7k もの長大な「海中道路」を造設したという。

         平安座島の端までつづく石油タンク


林立する石油タンクの森を歩いていたら、隣りの島「宮城島」まで来てしまった。

ふたつの島をつなぐ橋は「桃原(とうばる)橋」という名だった。

島と島の海峡を結ぶ橋なので大きな長い橋をイメージするが、実際は町中に見られる程度の橋だ。

石油基地造成のため埋め立て整地をしたためか、島間の海峡は川幅くらいしかない。

橋のたもとに駐車した車があり、”おにぎり”の幟が風にはためいていた。


本日の予定していたコースはすべて歩くことができた。海中道路からの離島めぐりも終了に近づいてきたようだ。

軽食キャラバンのメニューに かき氷があったので一服することにした。キャラバンの主は大阪から移住してきた女性であった。関西弁はまったく影をひそめ、生気あふれる表情はすっかり島人になっている。

かき氷をかき込みながら眺める川のような海峡は、深い緑を湛えて湖のように静まりかえっていた。

   「桃原橋」から見る平安座島・宮城島間の海峡


「浜比嘉島〜ホテル浜比嘉島リゾート」のガイドページへ


150メートル以上はありそうな どっしりと重量感のある「藪地大橋」を渡る。人の住んでいない島に架かる橋とは思えないほど立派なものだ。

ずいぶん昔には民家もあったようだが今は無い。現在の島は農耕地として本島の農家が利用し、通いで手入れをしている。

”やぶちお ゝはし” と彫られた親柱

石龍があしらわれた親柱には、一度は観光地として開発されかかった時の勢いが、わずかながら残っていた。

橋上から藪地島へとつづく道が両側から緑で蔽われているのがわかる。

外来種で繁殖力旺盛な”ギンネム”がかぶさり道を喰い尽くさんばかりだ。

島の中に踏み入ると道は一本になる。しかも歩くうちに舗装されていた道もいつしか自然道になっていた。


どこまで進んでも一面はサトウキビの畑が広がっているばかり。海岸線を見たくて何度も道から離れ、島の端へ出ようと挑戦したが駄目であった。

低木ながら密集しながら繁茂するギンネムやアダンの樹林群でまったく近づけなかった。その後、20分も歩いたろうか。突然道が終わり島の南端にたどり着いた。

道の終わりは小さな広場のようになっており、隅には案内板が立っていた。この島には 「ジャネー洞」 と呼ばれる古代の洞穴が残されているとあった。

            薄暗い闇がポlッカリと口を開ける 「ジャネー洞」

案内板に導かれるように 「ジャネー洞」 の前まで来てしまった。沖縄最古の土器が発掘されたことから、この洞穴は縄文期古代人の住居であったと推定されている。

さっそく中に潜入した。先祖発祥の聖地として崇められているようで洞穴内の数ヶ所に拝所が設けられている。奥に進むにつれ暗さは増し、穴内も狭くなってゆく。


正直なところ洞穴内の不気味さは尋常ではない。まるで横溝正史の世界である。

その上、誰かが野宿したような形跡が洞内のいたるところに残っているから、なおさら妖しく映る。

置き忘れられた毛布やタオルなど生活臭のあるものから古びた傘までが転がっているのだ。

まるで他人の古民家にでも侵入したような感覚になってくる。

洞穴内の奥から何かが出てきても不思議でない雰囲気が漂っている。

と思いながらも、ついつい奥へと歩を進める。しかし、いよいよ狭くなった洞内には光も届かず、最奥部に近いと思われるところから引き返すことにした。

外へと出ると、今まで洞穴内に充満していた圧迫感から解放されたように、空気まで軽やかに流れていた。

洞前の小さな広場の先に樹林が見えた。その森に近づくと樹木の間にうっすらと野路ができている。その路をたどるように樹林を抜けるといきなり海岸に出た。

砂地より石がごろごろと目立つ荒々しい浜辺で、南へとつながる海岸の波打ち際には岩礁が生え、観光者におもねることもない昂然とした風景を創っていた。

  藪地島南端の海岸線

この海岸をあとに藪地島を離れるべく、再びサトウキビ畑の中へと戻った。

後日談になるのだが、那覇で知り合った住民から藪地島にはハブが多い島としても有名であると教えてもらった。海岸を求め道を離れブッシュに入るなどの行為はもっての他であると厳重注意を受けてしまった。

いずれにせよ、この藪地島の見学はかなりディープな観光となるのでパスする方が無難だろう。よほど時間があり、自然遊歩がお好みの方なら挑戦するのも一手。


「藪地島」のガイドページへ




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