米軍施設に囲まれた町、普天間を歩く         〜沖縄ちょぼ旅 BLOG 84〜

普天間の町並みは米軍キャンプ地の町らしい表情をのぞかせる

中城城(なかぐすくじょう)跡と中村住宅の見学のあと、普天間の町を少しだけ散策をすることにした。バスが中城城跡まで運行していないので、普天間近くの安谷屋(あだにや)のバス停から往復したため帰りに寄り道をしたくなったのだ。

普天間のある宜野湾(ぎのわん)市の中心に広大な面積を有する米軍施設《普天間飛行場》がドーンと居座っていた。その広さ、480ヘクタールもあるというから、ちょうど東京ドームが100個も入る巨大さだ。

そして宜野湾市の北部はやはり米海兵隊司令部などの軍中枢部があるキャンプ瑞慶覧(ずけらん)が東西に長く横たわっている。その広さ、普天間飛行場基地をはるかに上回る640ヘクタール。

このふたつの軍施設に はさまれた狭く細長い地区に、市民が密集するように形成した普天間の町がある。宜野湾市の全面積の3分の1が米軍施設だという。

                 アンティークショップなど米人向けのお店が目を引く

町を東西につらぬくメインの「でいご通り(県道81号線)」から「万年通り」、「すずらん通り」、「旧局前通り」など路地から路地へとあてもなく歩いてしまった。

町の人に町一番の高台を教えてもらい「嘉数高台公園」にも登ってみた。

悲しくなるほど日本人の土地が無かった。

現在沸騰している移転問題がいやでも想い起こされてくる。

ここで何を述べようが、決して当事者にはなりえない単なる傍観者の一意見にしかならないだろう。

一過性の旅行者が軽々に語れるほど単純ではない錯綜した年輪を、この町は重ねている。じかに普天間の町に触れ、あらためてそのことを痛感した。

普天満宮境内の様子

県道81号線に戻り、途中素通りしてしまった普天満宮に入り小休止を取った。

この社の起源は古く、沖縄特有の聖なる洞窟より始まったようだ。

全長280mにおよぶその洞窟聖域は今も残っていると案内板にあった。

15世紀中頃 熊野権現と合祀され、以来現代にいたるまで維持されてきた古社である。

街中に充満していたアメリカンテイストも、ここ普天満宮の敷地には一歩も侵入できないかのように、境内は静謐な和に包まれていた。

そんな中にも石造りのお水舎やシーサーが、沖縄であることを思い起こさせてくれる。

本殿は平成17年に改築されたばかりのものだという。


流麗な破風の下に掲げられた扁額には鮮やかな緑色で普天満宮と書かれ、白い木地と相まってとても美しかった。

普天満宮の周りを歩くとすぐにキャンプ瑞慶覧にぶつかってしまった。普天満宮の真裏には広大な米軍キャンプが広がっていたのだ。このキャンプは1972年にキャンプ瑞慶覧とキャンプフォスターが統合された施設なので、今でも両方の名が生きている。

戻りながらもう一度正面を振り返ると、まるで小さな普天満宮が巨大な米軍を一身で受け止めているようにさえ見えてくる。この勝負、普天満宮の勝ちだろう。所詮、愚かな所業を繰り返す人間が神を超えられるはずもない。


普天満宮

住所 宜野湾市普天間1-27-10

電話 098-892-3344

施設 駐車場あり/参拝自由
    洞穴見学 10:00~17:00

交通
 那覇空港より 50分(国道58号線を北上−伊佐の信号を右折スグ)

BUS 那覇BT 45分(名護東線21番など)− 「普天間」 下車3分


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