最上の夕焼け海岸だったアラハビーチ         〜沖縄ちょぼ旅 BLOG 85〜

沖縄本島の中南部は米軍施設が多く、観て回れる場所が意外と少ない。歩いてみたいと思っていたポイントも おおよそ回ることができた中南部地区だが、まだひとつ訪れたいところが残っていた。

北谷町にある「アラハビーチ」である。"ARAHA BEACH”ではなく"ALAHA BEACH” と表記したくなるほどハワイにありそうなビーチの響きがする。単純にハワイの挨拶 《アロハ》 に似ていることもあるが...

すこし横道にそれてしまうが、ハワイ語ではアルファベットを12文字しか使用しないことをご存知だろうか。子音で H・K・L・M・N・P・W の7文字と母音 A・I・U・E・O の5文字だ。

HAWAII、WAIKIKI、MAUI などの地名に始まり、挨拶の ALOHA や魚の MAHIMAHI、首飾りの LEI など、12文字ですべてを表わすことができる。嘘だと思うなら今すぐハワイの地図を広げるとよろしい。端から端までこの法則にしたがい表記されている。

地名に付いている BEACH や BAY とか アメリカ人が勝手に付けたDIAMOND HEAD などはハワイ語ではなく英語表記なので念のため。マウイ島で知り合った LOKO(地元住民)から教えてもらった時はそのシンプルさにある種の感動さえ覚えたことを記憶している。


頭にハワイを描きながら現地の北谷(ちゃたん)に着くと ビーチに沿って綺麗な公園があった。

看板がポツンと立っており、そこには「安良波公園」とあった。

「アラハ」がどういう漢字を当てていたのか判明すると同時に、ハワイから急に日本に戻って来てしまった。

気を取り直し、公園を突っ切り浜辺へと出てみた。

けっこうな人出で賑わっていたが、混雑しているようには見えない。それほどビーチはゆったりとしていた。

ここよりすこし北にある 「サンセットビーチ」 と同じように、このビーチも人の手が加えられた遊泳ビーチだが、表情はこちらの方がはるかに豊かだ。

第一印象でこのアラハビーチを気に入ってしまった。浜辺にあった軽食店でしばらく海を眺めていると、見る間に空の雲が厚くなってゆく。30分ほどですっかり色感の乏しい風景へと変貌した。

今にもバケツをひっくり返したような雨が落ちてきそうで身構えていたが、なんとか持ちこたえている。沖合では落ちてきている雲を水平線上の海がやっと支え雨漏れを押さえているように見える。

暗雲が垂れこみモノクロームの風景となったアラハビーチ

雨が落ちてこないうちに公園を歩くことにした。「安良波公園」は2000年にできたばかりの現代的な公園だった。

公園途中にバスケットリングを発見。バスリングというのはときどき町中で見かけるバスケットゴールの金属輪のことだが、ここには5つもあった。12歳以下のミニバスケットリングが2つ、公式用リングが3つも設置されていた。

ストリートバスケ・ファンと思しき3人のアメリカ人が、舗装された屋外床でボールを獲り合っている。周りを見わたすと訪問者の半分近くがアメリカ人のようだ。公園そばをつらぬく国道58号線から東は広大な米軍キャンプフォスターが横たわっていることを思い出した。

インディアンオーク号を模して造られた帆船
Araha-beach3_blog.jpg

そこを離れ公園中央へ向かうと、大きな帆船の姿が視界に入ってきた。

後で判明した大型帆船が置かれている理由は以下のとおりだった。

時をさかのぼること170年、1840年の真夏に英国船 ”インディアンオーク号” がこの沖合で座礁した。

当時欧州近海では海賊行為が堂々と横行していた時代で、特に英国は国家レベルの海賊行為が有名でその歴史がつづいていた。

現在の英国博物館の大半がこの海賊行為によって収得したものと影で云われているほどだ。

遭難した67人の乗組員は北谷の領民によって保護された時、皆殺しにされることを覚悟していたに違いない。

ところが、殺戮されるどころか滞在した45日間にわたり手厚い世話をうけた上に、帰国用の船造りまで援助されたという。


おそらく 彼ら67人の全員が激しく感動したことだろう。

この事件以来、長きにわたり北谷町と英国との友好関係がつづいているとのことで、公園が造られる機会にインディアンオーク号を模したモニュメントとして造営されたのだ。

今は子供たちのアスレティック設備のある格好の遊び場になっていた。

この他にも貝殻をテーマにした流水階段、ブルーを基調にした野外ステージ、噴水池など現代的なデザイン設計の公園に仕上がっている。

モモタマナの木陰で海を眺めていると、少しづつ空が明るくなってきた。

ビーチに戻り白砂を踏みながら水ぎわを歩いていると、空がうっすらと色づいてくるのがわかった。

子犬が転げまわるように3人のこどもたちが駆けぬけてゆく。アメリカの少年だ。

見わたす限りの風景が朱色に染まり、赤の陰影がつくる濃淡だけの世界になってしまった。

東シナ海に落ちる太陽の足は速く、見る間に水平線の彼方に沈んだ。しかし赤く塗られた情景が色を失うまでには、東京の夕暮れでは考えられないほど時間を費やしてくれた。

《暮れなずむ》という言葉にふさわしい天工の夕景で、事実、思考が止まるほど豊饒の時間をもたらしてくれた。

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