静穏な浜辺に置き忘れられた木椅子がひとつ     〜沖縄ちょぼ旅 BLOG 94〜

橋つづきの離島 「屋我地島(やがぢしま)」にある済井出(すむいで)ビーチで磯遊びをしているうちに、思いがけず浜づたいにかなり北まで歩いていた。

捕まえたカニに逃げられ、新たなカニを探してかなり北まで来てしまったのだ。その行動たるや ほとんど児童レベルになっていた。あわてて駐車場へ戻ることにした。

「屋我地島」から次の離島である「古宇利島(こうりじま)」へ渡るべく車をとばしていると前方に十字路が見えてきた。左は古宇利島、まっすぐは「国立療養所愛楽園」とあった。

地図を見ると その療養所の裏になる北側には弓なりになった浜辺がある。携帯ネットで調べると 「愛楽園」 はどうやら ”ハンセン病” の療養所のようだった。迷惑にならないでその浜へ行けるか試すことにして直進する。

ぶつかった療養所の外周道路を建物沿いに左側へ回り込むと大きなパーキングロットがあった。ガラガラに空いていたのを幸いに駐車し、海岸を目指した。

古宇利大橋の全景が鑑賞できる「国立療養所愛楽園」裏の海岸

丈のある草むらを抜けると いきなり絶勝の景観が目に飛び込んできた。2 kmもあろうかという古宇利大橋が海上を真一文字に走り「古宇利島」へと架かっていた。

療養所の裏ということもあり、ほとんど訪れる人がいないのだろう。砂地に生えた草が踏まれていないので伸び伸びとしていた。ハマヒルガオまで妙に生き生きとしている。誰もいない淋しい浜なのにどこか温かいものを感じ、ひと目でこの浜辺を気に入ってしまった。

”ハンセン病”と呼ばれる病気のことを知ったのは、はるか昔の子供の頃だった。多感だったその頃にこの病にからむ事柄でふたつほど深い感銘を受けたことがあった。

今でこそ治療により快癒するようになったし、日本での発症例もほとんどなくなっているが、以前 ”らい病”と呼ばれたこの病気は伝染性の難病として広く知られていた。症例記録は紀元前まで遡るほど古く、発症範囲は全世界の広域に見られる名うての悪病として恐れられていた。

                 目一杯 元気なハマヒルガオ

その病名を初めて聞いたのはアカデミー賞を11部門も独占した「ベン・ハー」という映画であった。

ドラマ後半に主人公ジュダ・ベン・ハーの最愛の母と妹がこの病気にかかり、死の谷に隔離され死を待つばかりという設定のところだ。

伝染する恐怖をものともせず死の谷に踏み入り、重篤の家族と再会を果たす主人公。

そして神による慈雨で快癒してゆく感動的なラストは、子供心にも強烈な印象となって脳裏に焼き付いてしまっていた。

それから間もない頃、またこの病名に遭遇することになった。

少年時代 やや早熟であったのか日本史に傾倒し溺れていた時期があった。

戦国時代に登場する白頭巾の武将 大谷吉継(おおたによしつぐ)に興味を持ち、調べてゆくうちにふたたびその病名を聞くことになる。彼はこの病気に感染していたのだ。

親交のあった徳川家康も一目置くほど文武に明るく聡明な武将であった吉継。しかし豊臣政権下での活躍中はすでにこの病気に侵され、頭巾で顔を隠していたため他の武将たちには周知のこととして広く知れ渡っていた。

秀吉主催による、点てたお茶を一口づつ喫してゆく大阪城での茶会においてのことである。吉継が飲んだあと感染を恐れ たじろぐ武将の居並ぶ中で、ただ一人平然とそのお茶を喫した武将がいた。 石田三成であった。 その何事もなかったようにふるまう三成の姿に吉継は激しく感動したに違いない。

古宇利島(左奥)も見える愛楽園裏のビーチ

爾後、親交を深めたふたりには友情が芽生え、関ヶ原の戦いでは家康との交誼があったにもかかわらず石田三成側に立った。

戦闘人員の数から見れば東軍(徳川家康)より圧倒的に有利な西軍(石田三成)に味方することは当たり前のようにも思える。

しかし聡明な大谷吉継は大軍を擁する西軍(石田側)でも負けるであろうことを鋭く予測しているのである。

敗戦のおそれとなるところの補強戦略を、言葉を尽くし三成を説諭している。そのことがいくつか歴史記録として残っている。

にもかかわらず石田に付き、結果西軍は彼の懸念通り大敗してしまう。そして最後には従容と潔く自刃するという乱世では稀有の武将、大谷吉継であった。

この吉継の行動に、やはり気持ちを強く揺さぶられ感動したことを覚えている。

以上のようなことからこの病名にまつわる特別な感情が幼い心に焼印のように残された。

ネットによると、ここの沖縄愛楽園の創設が昭和13年というから、戦争前の時代に開設され70年以上も歴史を刻んでいるようだ。

おそらくその頃の感染者は世間から隔絶され隠れるように療養生活を送っていたのだろう。施設に隣接するこの穏やかな浜辺で、罹患した療養者たちが静かに残された時を過ごしていたことが想像される。

浜の中ほどに打ち捨てられたように木椅子が置かれていた。ちょうどいい所に椅子があると思い座ってみようと近づいたのだが、きちんと海を向いたその椅子はまるで主人が座るのを待っているような風情に映って見えた。

椅子の隣りの草地に腰をおろし、この椅子の主人が見たであろう磯景色を眺めることにした。


HOME




ガイドページ


旅BLOGの記事一覧

東京おもしろ図鑑のサイトへ