波之上宮〜波の上ビーチ〜至聖廟

落日に赤く染まる崖上の神宮

1368年に開山され、以降琉球王府の行事にも正式に位置づけられた伝統ある神の宮である。中国からの冊封正使(皇帝からの使者)が琉球滞在中に、書を残すほどの景勝地であったようだ。

海に琉球石灰岩を積み上げたような崖がそびえ立ち、その崖の上に建つ波之上宮。さぞや東シナ海に沈む太陽が真っ赤に染め上げてゆく夕景は絶品だったに違いない。

今は海側の視界を塞ぐように、中空に波の上橋(波之上臨海道路)が架かってしまったため、往時の景観を望むべくもない。

正面から参道を登り社殿に参詣するコースだけでは、どこが景勝なのか理解できないが、海岸側すなわち波之上橋から神宮を見上げれば(写真参照)その景勝が想像しやすい。

その ”波の上橋” の下には那覇市内唯一の遊泳ビーチとして知られる”波の上ビーチ”が広がる。


周辺には護国寺、波の上ビーチ、久米孔子廟の鑑賞スポットが


海の上に架けられた波の上橋から望む ”波之上宮” 崖上の波之上宮

”波の上ビーチ”は繁華な那覇からもっとも近くて綺麗な浜辺として名高い。しかし現在は大がかりな道路工事のため、ビーチの南半分が閉鎖されている。ビーチは辻側(南)と若狭側(北)のふたつの出入り口がある細長い浜辺で、シャワー・ロッカー・更衣室はもちろんバーベキューもできる施設完備のシティ派御用達のスポットである。

工事は若狭から那覇空港まで直接行ける西道路の新設工事なのである。遊泳範囲が狭くなったことを我慢すれば、4月から10月まで若狭海浜公園に隣接してい若狭側が利用できる。

     工事中の ”波の上ビーチ(辻側)”

”波之上宮”南側に寄り添うように”護国寺(波之上寺)”がある。神社に付属して置かれた寺院で、沖縄最古の寺である。

ひとりの外国人宣教師がこの寺に8年間居たことがある。名はバーナード・J・ベッテルハイム、生まれはハンガリーだが英国に帰化し、1846年香港経由で沖縄に来島している。目的は布教だったが、伝導を許されなかった彼は医学の経験を生かし医療活動に専念し、島民から親しまれたようである。余談になるが、ベッテルハイムは沖縄の後は米国に渡り南北戦争を経て米国ミズーリで永眠している。


境内にベッテルハイムの記念碑があるが、護国寺の一帯は旭ヶ丘公園になっており、戦没した学童の慰霊碑「小桜の塔」や「戦没新聞人の碑」など沢山の石碑・記念碑が建立されているので、深い緑に囲まれた高低変化に富んだ散策が楽しめる。


続いて ”護国寺” の南側に隣接して ”久米孔子廟” がある。正式名を”至聖廟”という。

敷地内には「大成殿」、「明倫堂」、「天妃宮」、「天尊廟」の4つの廟や御堂が建ち並ぶ。

儒教の祖である孔子を筆頭に中国で広く信仰されている媽祖、三国志でお馴染みの関羽、道教の神などが祀られている。

この久米というのは地名でこの若狭より少し南に位置し、戦火で焼失する前はその久米にあった。古くは外人居留区として中国からの国使などが滞在し、次第に住みつくようになった地区であるらしい。

琉球史にもあるように中国との国交はかなり古くよりスタートしており、中国の生活様式や文化が色濃く残っていて当然なのかもしれない。なおこの中の「明倫堂」は沖縄の公立学校の始まりと言われている学問所である。

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波之上宮

住所 那覇市若狭1−25−11

護国寺

住所 那覇市若狭1−25−5
電話 098−868−1469

至聖廟(久米孔子廟)

住所 那覇市若狭1−25−1
電話 098−868−8598 (社団法人 久米崇聖会)
時間 9:00〜17:00

波の上ビーチ

住所 那覇市若狭1−24
施設 シャワー/ロッカー/トイレ/更衣室/救護室/駐車場/バーベキュー設備
    監視員常駐
電話 098−866−7473 (ビーチ管理事務所)

交通
 ゆいレール 旭橋駅より徒歩20〜25分
 BUS バス停 「西武門(にしんじょう)」 下車3〜8分
 車 那覇空港より 15分(国道58号線北上−泉崎交差点の信号を左折−久米南の交差点を直進し右手)