金城町石畳道

城下町に残る美しい石畳の道


小高い首里大地の南斜面に位置した石畳の道。本来は真珠道(まだまみち)と呼ばれ首里城から南西に真玉橋(まだんばし)を経由し那覇港の南岸の住吉まで貫く全長8kmの軍道であった。現在では金城町の300mほどの石敷きの道を石畳道と呼んでいる。

観光として名高いスポットなのだが、この道はけっこうな勾配を持つ坂道で地理不案内の観光客にとっては往復しなければならない面倒さがあり、体力とたっぷりの時間が必要になる。

首里城の南部から入る入口には真珠道と島添坂(しましーびら)の道標があり、道なりに少し歩くと「日本の道100選」(昭和62年8月10日)に選定された記念碑が置かれていた。その先から急勾配の坂になり、下り階段がしばらく続く。階段道を樹木が覆い涼しげな木陰を作っている。

階段が終わると道幅が広くなり視界も大きく開かれる。下り勾配はなだらかにはなるが坂道は延々と続く。途中この真珠道は赤マル宗通りと交わり、その通りを挟んで再び本格的な石畳道が始まる。

沖縄特有の石灰岩が30〜50cmに削られ敷き詰められている石畳の道。雨に濡れると滑りやすいと聞いたが、今は太陽にじりじりと焼かれている。石灰岩のもつ艶消し表面が暑さに耐え、焼かれた熱も内部に吸収してゆくかのように映る。

吸収と云えば、この石畳にはもうひとつ重要な役割があった。雨水や地下水を、浸透させ、ろ過し、4か所の共同井戸へ誘導する機能である。側溝も完備したこの道は古の知恵と技術の結晶とも云える。気孔を多く有する琉球石灰岩はこの装置の命であり、絶好の素材でもあった。

昔このあたりは、王が統治のため地方から有力按司(豪族)などを呼び寄せ住まわせた場所である。徳川家康が地方大名に参勤交代を強制したことに似た制度だ。そしてこの渇水地区に生命線である飲料水確保のため開発させた道と云ってもよいだろう。

両側にはそれぞれ個性的な住宅が建ち並び、赤瓦屋根や門が白い石畳に似合っている。ややもすると単調になりがちな石畳道に変化をもたらしてくれるのが亜熱帯植物の花たち。個人宅に植えられた花が道に顔を出し色を添えてくれる。アデニュームからハイビスカスまでその種類は多彩だ。

道の途中に ”金城村屋(かなぐしくむらや)” と呼ばれる平屋建ての建物がある。ここを訪れる者なら誰でも一息いれる休憩所として開放されているが、本来はこの地区の集会所として公的に使用する建物である。座敷内も手入れされ綺麗に使用されているのがひと目でわかる。もともとこの場所は”樋川広場(ふぃーじゃーもー)”という石畳の坂を上下する人馬が水を使い休憩した所であった。


この村屋の西隣には共同井戸のひとつ”金城大樋川(かなぐしくうふふぃーじゃー)”がある。

しっかりとした石組みで造られた共同井戸のひとつで半月型の小さな貯水スペースがあり南には排水溝を備えている。

今でも節目節目には女性たちだけが集いこの樋川に向い家族や町の安全と繁栄を願い祈りを捧げている。

この真珠道の石畳通りも金城ダム通りで終了となる。戻りは体力を温存しながら時間をかけ、往路の一本道では観賞できなかった「大アカギの木」などを探して復路としよう。

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首里金城町石畳道

住所 那覇市首里金城町2〜3丁目
電話 098−891−3501(那覇市教育委員会文化財課)
施設 休憩所 金城村屋(集会所)
見学自由
交通
 ゆいレール 首里駅より徒歩25分
 BUS バス停 「首里城公園入口」下車10分(市内線)/バス停 「首里城前」
     下車5分(ゆいれーる首里駅から首里城下町線・100円)
 車 那覇空港より 40分(国道58号線北上−泊高橋交差点の信号を右折し県道

    29号を東へ−池端の信号を右折して首里城公園駐車場の利用を推奨)