ひめゆりの塔

少女たちが眠る平和希求の地

太平洋戦争沖縄戦で繰り広げられた悲劇のひとつがこの地でも演じられた。昭和20年(1945)3月23日、米軍が沖縄に上陸してきたのを契機に、看護要員として222名の女子学徒が動員される。この沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校の合同学徒隊が南風原(はえばる)の陸軍病院に配属されたところから悲劇は始まった。

日本側は米軍の侵攻に押されるように南へ南へと追い込まれてゆく。病院とは名ばかりの壕(アリの巣のように横穴で繋がった洞窟)に二段ベッドを置いただけの施設で、学徒の少女たちは大量に運ばれてくる負傷兵の世話で食事はおろか仮眠も満足に取れなかったという。

そして悲劇の最後はこの地にあった伊原陸軍第三外科壕で凄惨をきわめる看護活動を続けている頃であった。6月18日、突如 ”解散命令” が発表された。敗戦濃厚になり軍が指揮権を放棄したためだ。従軍以来3か月もの期間、限界を超えるほどの激務を遂行してきた少女たちは突然指揮を失い米軍の包囲する只中へ放り出される格好になったのである。

戦場で逃げ惑った彼女たちは砲弾やガス弾に倒れ、中には絶望し自ら手りゅう弾で...この ”解散命令” の一事だけで少女たちの半数以上が落命する悲劇となってしまった。

塔碑の手前には第三外科として利用していた壕(”がま” と呼ばれる洞窟)の暗い開口部がぽっかりと口を開けている。つまり壕の中からは天井部に穿たれた天窓に相当するもので、激務に追われる少女たちにとっては光と空気が入ってくる地上へ連なる唯一の象徴だったかもしれない。

その開口部の手前には献花台が置かれているが、「ひめゆりの塔」建立から60年以上経つ今も訪問者からの花束が絶えることがない。ちなみに「ひめゆり」の名は彼女たちの母校で有していた校友会誌名からの由来。「乙姫」(県立第一高等女学校)と「白百合」(沖縄師範学校女子部)がひとつとなり「姫百合」と名付けられた。戦後以降、ひらがな表記される。

また隣接するように建っていいるのが「ひめゆり平和祈念資料館」。中心に大きな中庭を据え、中庭を取り巻くように時計回りに多目的ホールを筆頭に第1展示室から第6展示室までを併設している。各展示室がテーマごとに分かりやすくまとめられている。

第1:ひめゆりの青春 第2:ひめゆりの戦場 第3:解散命令と死の彷徨 第4:鎮魂 第5:回想 第6:平和への広場

100インチの大型スクリーンでのドキュメンタリー映像や上述した外科病院として利用していた壕の実物大ジオラマなども備え、観るものに戦場の凄惨さをリアルに教えてくれる。資料館を退出する頃は、平和を享受できる現代に感謝しているだろう。

       ひめゆり平和祈念資料館正面    資料館の中庭


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ひめゆりの塔
ひめゆり平和祈念資料館

住所 糸満市字伊原671−1
電話 098−997−2100〜2101
施設 (敷地内には無いが隣接地に)売店/レストラン/駐車場
資料館 開館時間 9:00〜17:30
休館日 年中無休
入館料 大人300円 高校生200円 小人100円 「ひめゆりの塔」は無料

交通  那覇空港より 25分(国道331号線を南下−伊原 ひめゆりの塔前
   BUS 糸満BTから20分