旧海軍司令部壕 −きゅうかいぐんしれいぶごう−


南部の壕に眠る4千もの英霊たち

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那覇市とその南に隣接する豊見城(とみぐすく)市の境界地に標高74mの高台がある。1972年に整備された65000平米の広さを持つ公園がその高台をおおうように設営されている。

海軍壕公園と名付けられたその公園のほぼ中央に沖縄戦跡の「旧海軍司令部壕」がある。太平洋戦争時下、現在の那覇空港のあったところに小禄(おろく)飛行場という施設があり、この軍事上重要な地区を防衛するため造営された海軍司令部の跡である。

100mにも満たない標高だが360度のパノラマ景観を楽しめるポイントだ。那覇空港方面はもちろん一望でき、豊見城市街を膝元に那覇市街地までの夜景が堪能できるという。

                                      司令官室

首里をはじめ県下広域がほとんど何も残らないほどのダメージを受けた沖縄戦争であったが、沖縄に印された太平洋戦争の爪痕を多く残しているのは南部である。

戦後復旧するなか戦禍はしだいに姿をけしてゆくが、人類の戒めの記念碑的意味合いでいくつかが保存され今に継承されてきた。

その中でも「ひめゆりの塔」やこの「旧海軍司令部壕」など南部に残されたものは、悲惨さを強烈なまでに伝えている。

この壕は戦争が終結する1945年の前年12月に完成した にわかづくりの地下壕司令部だった。それから半年の間、この地区で防衛戦が繰り広げられるが、容赦のないアメリカの猛攻に支えきれなくなる。

大田海軍司令官は、これまでの犠牲的な沖縄市民の献身に対し特別の高配をと本土本営へ打電し自決した。

狭い壕の中で立ったままで睡眠をとりながら戦ったと伝えられているほど悲惨な防衛戦であった。大田司令官の自決、幕僚も手榴弾で自爆したという1945年6月13日未明に組織的な戦闘は終了した。

わずか400mほどの壕の中に4000人もの将兵が、米軍による日本本土上陸を1分でも遅らせるために戦った跡である。

地下壕を出たところには資料館も開設されており、より詳細が理解できる。また近くには慰霊碑が立ち静かに市街を見下ろしている。

  慰霊塔(左)、海軍壕公園からの眺望(中央)、資料館(右)


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旧海軍司令部壕

住所 豊見城市豊見城236
電話 098−850−4055(海軍壕公園管理事務所)
施設 トイレ/駐車場
資料館 開館時間 8:30〜17:00
休館日 年中無休
入館料 大人420円 小人210円

交通
 那覇空港より 20分(空港通り−小禄本通り−山下交差点右折−
   小禄バイパス7号線−宇栄原団地左折スグ
BUS 那覇BTから30分(琉大線98番他で宇栄原団地前バス停下車徒歩5分)