沖縄平和祈念公園

          海を見下ろす珊瑚礁台地の聖域に静謐な空気が流れる


平和祈念公園は広大な敷地の中にいくつかの施設を有しており、沖縄戦跡国定公園としての大きな役割を担い、「平和」というテーマで各施設の運営管理をしている。毎年6月23日には県主催による戦没者の追悼式がこの場所で挙行されており、この国民的行事には首相も出席し、その模様はニュースでも全国に報道される。

日本国が追い詰められた太平洋戦争の終盤、、昭和20年3月26日米軍がいよいよ沖縄の慶良間列島に上陸してくる。日本軍首脳本部から沖縄前線への作戦指示は本土決戦までの時間稼ぎをする持久戦だった。沖縄住民を巻き込み壕にこもり徹底抗戦するが、しだいに南に南にへと追い詰められていった。そしてついに6月23日、牛島司令官の自決をもって沖縄戦は事実上終結する。この終結の日を”慰霊の日”として追悼式典が行われているのである。

平和の礎 平和の礎

この沖縄戦で犠牲になった戦没者が攻守あわせて24万人以上になる。しかもその大半が非戦闘員すなわち住民の犠牲者だった。世界でもあまり例のないこのことが沖縄戦の悲惨さを物語っている。

敷地内中央には全戦没者の名前が刻まれた石版が整然と並ぶ ”平和の礎(へいわのいしじ)” がある。礎を「いしじ」と読むのは沖縄の方言での発音。

沖縄戦の終結から半世紀の50年が過ぎた1995年6月に恒久平和の礎になるようにと建立されたモニュメントだ。国籍や軍人・民間人の別なく、戦没者の名が途方もない長さで続いている。

そしてその花崗岩の刻銘碑はすべて海を向いている。しかも6月23日という特別の日の ”日の出” の方角を向いているのである。


”平和の礎” から北西へ歩くと平和祈念堂がある。45mの高さの塔建築なので公園内のどこからでも確認できる。やはり大テーマである平和を追求し、1978年開設された大堂である。


平和理念に賛同する芸術家たちの作品にも出会える ”平和祈念堂”


青い空に向ってまっすぐ伸びたタワー建築の平和祈念堂に入ると堂内中央に鎮座した高さ12mの迫力の坐像が迎えてくれる。仏像ではないと云う。手を合わせ一心に祈る崇高な像は、作者である沖縄首里出身の山田真山画伯の心象を具現化した姿のようである。
堂内壁面には「戦争と平和」という題の20点連作絵画(西村計雄画伯)がかけられていたり、他の美術館スペースには第一線画壇の画家たちから寄贈された100点近くの作品を所蔵する。

また坐像の真下になる地階には、世界各地から理念に賛同し寄せられた ”世界平和の願いを込めた霊石” が展示されていた。そして本堂の外に出て裏手に廻ると温室のようなビニールハウス「清ら蝶園」がある...いたいた、たくさんの蝶々が。こちらでは”オオゴマダラ”と呼ばれるこの蝶を命と平和の象徴として大事に羽化させ育てている。毎年恒例の6月23日”慰霊の日”には300匹もの蝶が大空に放たれているのである。


海岸側南西部には聖域とも云える沖縄戦没者墓苑がある。そこへ行く途中でリゾートホテルかと見まがうばかりの建物が視界に入ってきた。平和祈念資料館である。2層ながら総床面積が10000平方mを超す5つの常設展示室を持つ大型施設だ。沖縄古建築をイメージして赤瓦屋根は南国情趣に溢れている。
資料館の前庭には、旧日本軍が使用していた酸素魚雷のほか、野戦砲などの実物資料が展示。


摩文仁の丘

沖縄戦没者墓苑のある南西部に着くと緩やかな坂が一段と高い丘へと続くいている。戦没者の魂が眠る霊域 ”摩文仁(まぶに)の丘” である。日本各県が建立した50基もの鎮魂の塔が斜面に並び海を見下ろしている。登るうちに空気の密度が増してゆくように感じられ、公園の中で最も静かで穏やかな場所である。

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沖縄県平和祈念公園

住所 糸満市字摩文仁(まぶに)
施設 平和祈念堂 時間 9:00〜17:00(〜17:30 4月〜9月) 無休
             料金 大人 450円 中高生 350円 子供無料
  平和祈念資料館 時間 9:00〜17:00
             年末年始休館(12月29日〜1月3日)・臨時休館あり
             料金 大人 300円 子供 150円
  平和祈念公園内 入園自由 トイレ・休憩所完備
交通 車 那覇より 30分(国道58号線−国道331号−摩文仁)
    BUS 糸満バスターミナルから30分−バス停 「平和祈念堂入口」 下車スグ
問合せ 平和祈念堂・・・(財)沖縄協会 098−997−3011〜2
      平和資料館・・・098−997−3844

      平和祈念公園・・・公園管理事務所 098−997−4123